■汚物処理工場建設事件
更に青べか物語の「浦粕の宗五郎」の章に汚物処理工場建設の話しがあります。それによると
『根戸川の下流、沖の百万坪の地はずれに、某企業家が汚物処理の大規模な工場を建てようとし、県へ許可を申請したとか、すでに許可をとったとかと云う噂が広がった・・』と云う出だしです。
これは浦安の死活問題となる・・と云うので町内の機運も盛り上がり、第一回の町民大会が「梅の湯」で開催されました。はじまってすぐ古びた印半纏の下に、パンツをはいているだけの若者が壇上に上がり、「演説会もくそもねえ、しゃべるだけでとめられるものじゃねえだ。会社のやつらをぶっ殺せ、おらが佐倉宗五郎になるだ」と演説をはじめた。とたんに巡査が「演説会は解散!」と叫び演説会は中止になったとあります。
第二回目は浦粕座でありましたが、また例の青年が壇上で同様のコトを云い、巡査がそれを止め「解散」と・・、こんなことが五回くりかえされました。結局蒸気河岸の先生は『汚物処理場がどうなったか、私は覚えいない』で終わっています。
町史によるとこの事件は昭和4年4月上旬の頃、東京有楽町の報国肥料株式会社が沖の百万坪と呼ばれる土地を借り受け、ここに東京市から伝馬船で糞尿を運搬し、乾糞置き場を建設すると云う計画でした。これを県が地元に一言の説明をしないまま許可してしまった・・で大騒ぎになったことが掲載されています。結局衆議院議員等も動員しながら、半年後にはこれを撤回させることに成功したそうです。半年かかったとのことですので、年末には解決していたのです。もう浦安から脱出した後です。・・・・と青べか物語には面白い話しがいっぱい詰まっていて、私の心を惹きつけます。