
この他にパートナーホテル&グッドネイバーホテル として「浦安ブライトンホテル」「新浦安オリエンタルホテル」「ホテルエミオン東京ベイ」「ホテルドリームゲート舞浜」があります。
まだあります。ディズニーリゾート直営ホテルとして「ディズニーアンバサダーホテル」「ディズニーシー・ホテルミラコスタ」この他に現在建設中で2008年オープン予定で名前もそのまんまの「東京ディズニーランドホテル」もあります。「パーム&ファウンテンテラスホテル
」はパートナーホテルです。
ちなみに、2006年度のディズニーランドとディズニーシー合わせた入場者数は、2581万6千人で前年比4.2%の増加となったそうです。オープンから2006年までの累計入場者数は、4億1101万5千人です。大阪市のUSJの2006年度の入場者数は869万8千人ですから、約3倍の入場者数です。
前述しましたが(株)オリエンタルランドの設立は昭和35年7月です。この年の10月に「青べか物語」が書き上がったので、山本周五郎と木村久邇典氏と木村フミ子氏の三人でタクシーに乗って船宿「千本」、つまり現「吉野屋」にやって来たのです。この話しは後ほど述べましょう。
山本周五郎が青べか物語の中の「けけち」の章で、「大三角」といっている三角州が、まさかディズニーリゾートの候補地として、7月には会社が設立されて動き始めたとは知っていたでしょうか?
そしてそれから40数年、ディズニーリゾートを中心として大きな変貌を遂げた浦安を山本周五郎ならずとも誰が予測出来たでしょうか。
話しは変わりますが、ディズニーリゾートのオープンと来園者の増加に伴い、周辺への宿泊施設の建設が不可欠となりました。そして・・
昭和61年3月に「サンルートプラザ東京」
昭和63年4月に「シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル&タワーズ」
同年7月には「東京ベイヒルトン・インターナショナル」
「第一ホテル東京ベイ」
平成2年5月に「東京ベイホテル東急」が開業し、総客室数3,200室に達する国際級のホテル群が誕生しました。
この後昭和63年7月には「東京ベイNKホール」が完成しましたが、所有者だった第一生命の経営合理化策の一環として、2005年7月のコンサートを以て17年の歴史に幕を下ろし、閉鎖されました。
また、「第一ホテル東京ベイ」は閉鎖し2002年4月から「ホテルオークラ東京ベイ」としてスタートしました。2007年3月に「東京ベイ舞浜ホテル」が新しくオープンしました。
以上の6ホテルをディズニーリゾートオフィシャルホテルと呼称しています。
もうひとつの浦安物語 P3















閉鎖されている「MKホール」





ヒルトンと東急です(カーソルで360度回転可能です)