『その裏には貧しい漁夫や、貝をとるための長い柄のついた竹籠を作る者や、その日によって雇われ先の変わる、つまり舟を漕ぐことも知らず、力仕事の他には能のない人達の長屋、土地の言葉で言う「ぶっくれ小屋」なるものがごちゃごちゃと詰め合っていた』
「貝をとるための長い柄のついて竹籠」とは「腰たぶ漁」や「大巻漁」で使用する「腰たぶ籠」や「大巻籠」のことを云ってます。「腰たぶ漁」とは浅瀬で漁師が海に入り、籠を腰で引きながら「アサリ」や「ハマグリ」を獲る漁です。「大巻漁」はいくぶん深い漁場で舟の上から行う貝獲り漁であり、当時豊富に湧いた(浦安ではたくさん貝が獲れることをそう言う)貝を獲るための漁法なんです。
今でも「浦安舟大工技術保存会」の会長で元船大工の宇田川彰さん達が仲間とこの漁をしています。もちろん自分たちが食べる分しか捕りませんが、時々お裾分けをいただきます。
漁師は自分の籠は自分で作ったそうで、その作り方で漁獲量に影響したと言い、自分でつくれない漁師は上手な漁師に依頼したり、専門で作る職人に頼んで作ってもらったそうです。という話を元漁師の宇田川 博(屋号・山桐)さんから聞きました。もちろん山桐さんは自分で作っていましたし、「浦安舟大工技術保存会」のページの籠の模型も作っています。
と言う具合に、「青べか物語」の中には色々面白い話が詰まっていて、私の心を掴んで離さないのです。
市役所の近くの東水門のすぐ下の風景です。
汚れてますね〜!
江川橋から上流を見た風景
これはゆりかもめかな?
青べか紀行 P3





注:青の太字は山本周五郎作「青べか物語」の原文から引用しました。
参考文献:山本周五郎著「青ベカ日記」
木村久邇典著「素顔の山本周五郎」
同 「青ベカ慕情」
同 「山本周五郎・青春時代」
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